意外とバカに出来ない「ネコミミモード」


一世を風靡したことはしたけど、

あっという間に流れていった、ネコミミモ〜ド♪

曲ではあるけど歌ではないよねあれは。

ネコミミモード♪

閑話休題。

JR東日本が、将来の360km/h運転に備えたデータ取りのために製作した、

高速試験車E954「FASTEC360」

屋根に「ネコミミ」のような空気抵抗増加装置を装備していることから、

通称「ネコミミモード」というビミョーな名前を付けられてしまいましたが、

このネコミミ、意外とバカには出来ないのです。

そもそもこれは「空気抵抗増加装置」という名の通り、

あの「ネコミミ」を出すことによって空気の壁を作り、

空気抵抗によってブレーキをかけるというものです。

今まで鉄道車両にはほとんど採用されていないもので、

JR総研とJR東海が実験中のリニアモーターカー(マグレブ)に

「ウサミミ」が装備されているくらいです。

そういうわけで、割かし奇異の目で見られていた部分はあると思いますが、

なぜ「意外とバカに出来ない」のでしょうか。

先ほどは「ブレーキをかける」と書きましたが、

正確には「ブレーキ力の増大」「ブレーキの補助」であるのが正しいと思います。

というのも、常時は基本的に使わず、緊急に列車を止める必要性の出たときにのみ、

停止距離を短くするために使われる装備です。

だから、常時はモーターによる回生ブレーキや車輪にブレーキパッドを押し当てる基礎ブレーキを使いますし、

非常時においてもそれらの機能は使われます。

じゃあ、なんでわざわざあんなものを装備したのかというと。

まずブレーキの基本的な効き方をさらっと書きます。

回生ブレーキなどはモーターを発電に使うことで回りにくくなり、

それが車輪に伝わって車輪が回りにくくなるわけですし、

車輪にブレーキパッドを押し当てる基礎ブレーキも、

ブレーキパッドと車輪の間に生じる摩擦で車輪を回りにくくさせています。

だから、それらの力を強くすればもっと車輪は回りにくくなります。

「じゃあ、強いブレーキをかけようと思ったら、もっともっと強い力を加えればいいじゃん」

と思う方も居ると思います。

だけど、そうはならないのです。

ブレーキをかけて回りにくくなった車輪は、レールと接触しています。

だから、最終的には車輪とレールの間に生じる摩擦力によってブレーキが効いているのです。

車輪とレールの抵抗には限りがあるので、その抵抗よりもブレーキの力のほうが強くなった場合、

回っていた車輪がブレーキによってロックしてしまいます。

すると、車輪が止まってしまった状態で、レールの上を滑っていきます。

こうなると、どんなにブレーキ力を強くしても、停止距離は短くなりません。

条件によってはこの状態が一番最短距離で止まれるのですが、

レールが雨や雪で滑りやすかったりすると、

普通にブレーキをかけたときよりも停止距離が伸びてしまいます。

この状況は、車や自転車でもいっしょです。

試しに自転車でスピードを出して、思いっきりブレーキをかけてみてください。

ある力以上でブレーキをかけると、タイヤがロックしてしまいます。

路面の状況を変えてみると良くわかります。

砂利や水で濡れた状態になると、逆に停止距離が伸びます。

つまり、一番ブレーキの効く状態は「車輪がロックするかしないかのギリギリ」なのです。

だから、車にはタイヤがロックしないように「ABS」が付いています。

それに車輪をロックさせてしまうと、その部分だけ平らに磨り減って「フラット」が出来ます。

こいつは騒音や振動を発生させるだけでなく、ひどいものは台車そのものをお陀仏にすることもあります。

そんなわけで、今までは車輪とレールの間の抵抗ギリギリのブレーキ力を使っていたほか、

その抵抗を増やすために、車輪の前からセラミック(硬い砂のようなもの)をレールに撒いて、

車輪とレールの間の摩擦力を増やしたりしていました。

ちなみに後藤は、走行試験で300km/hからの非常ブレーキを体験したことがありますが、

体感的には「なんか普段よりもブレーキが強いなぁ」って感じです。

非常ブレーキだからって、身体が吹っ飛ばされるとか、気持ち悪くなるというような、

そんなことはまったくありません。

さて、

セラミックはけっこう効果があって、

300km/hからの非常ブレーキでも270km/hから非常ブレーキをかけたときと

同等の停止距離にすることが出来たのですが、

さらに速い速度で走ると、停止距離がどんどん伸びていきます。

従来の停止距離と同じくらいで止まれるようにするにはどうしたらよいか?

その答えが、あの「ネコミミモード」なのです。

車輪とレールの摩擦力にはどうしても限界がある。

これ以上、強いブレーキはかけられない。

となると、別のところの抵抗力を使うしかありません。

360km/hという速度にもなると、空気抵抗もけっこう強いです。

だから、空気抵抗を使ってブレーキをかけることにしたのです。

今までこれを使わなかったのは、200km/hそこらでは効果があまりなかったためです。

効果がないわけではないのですが、装備にかかる費用に対して効果が小さかったのです。

90km/hで走っている時に窓から手を出して空気をつかむと、ナントカの感触と同じとか言いますが、

空気抵抗によるブレーキは、速度が速ければ速いほど効果が高くなります。

この空気抵抗を使うことにより、一番ブレーキの効き難い高速域で

今までよりも強いブレーキ力が使えるのです。

航空機(特に戦闘機)にも、同じように機体から板をポンと出して空気抵抗を増す、

エアブレーキなんてのがあります。

最近の鉄道は、航空機のデバイスにも踏み込みつつあるのです。

同じ考え方では、レーシングカーやドラッグカーのドラッグシュート(パラシュート)がありますね。

車の後ろからポンと開く、パラシュートです。

鉄道の場合パラシュートにすると、開いてる最中に架線とかの周囲の構造物に引っかかる可能性もありますし、

あれは1回使ったら終わりですからね。

一部の戦闘機にも付いていますが、戦闘機の場合は逆噴射装置がない場合が多いので。

こんなの

航空機は旅客機の場合ほとんど逆噴射装置(ストラトリバーサー)が付いています。

それらが無くても充分に止まれるんですが、着陸距離の短さ(停止距離の短さ)は、

航空機の安全上や飛行場の運用で非常に有利になります(滑走路を早く開放できる)。

戦闘機も旅客機もレーシングカーも、基本は車輪についてるブレーキで、

ドラッグシュートや逆噴射はあくまでも「補助」なんですけどね。

ちなみに言うと、鉄道の場合も基礎ブレーキで止まれることが大前提です。

だから回生ブレーキが効かなくても、新幹線は安全に止まれます。

逆噴射が出ましたが、高速域での究極のブレーキは、やはりロケットモーターなどによる「逆噴射」です。

でも、高速で走っていて急に逆噴射などをして強力なブレーキをかけると、

中に乗っている人が吹っ飛びます。

吹っ飛ばないようにかけたとしても、あまりにも急な減速はやっぱり中に乗ってる人に強力なGを与えますから。

シートベルトをしなくていいというのが、鉄道の優位性のひとつなのですし。

なお、FASTEC360のデータを踏まえて作られる新型車が、

ネコミミモードを採用するかどうかはわかりません。