2000年7月25日
広島市民球場 高校野球広島大会 準々決勝
如水館 対 広島工高(県工)
・試合のあと 〜夢のおわり〜


 本塁クロスプレー、如水館のキャッチャーが県工のランナーにタッチした。審判の手が高く上がった。
「アウト!」
 試合が終わった。盛り上がっていた一塁側内野席も、みな肩を落した。ぼくも、その光景を見て肩を落した。
「おわっちゃった」
 ぼくは、試合が始まる前から負けてしまう予感はあった。なぜだろうか、相手が如水館だからだろうか。
「あぁ、やっぱり」
 その時は、まだそんな気持ちだった。心に来るものもなかった。
 野球部のメンバーが、スタンドに礼をした。ぼくも、被っていた帽子を脱いで「ありがとう」と心の中でつぶやいた。半分だけついた照明灯。スコアボートは、すでに消えていた。
「県工の生徒として、甲子園には行けなかったか…」
 スタンドの階段をゆっくりと降りて行く。4番を打っていたKが、名残惜しそうにキャッチボールをしていた。声をかけようかと思ったが、やめた。その時は、声をかけようとは思わなかった。
 右を向くと、学校の応援団がいる。3年の、ベンチ入り出来なかった部員を中心に、サッカー部や、学校の生徒、先生がたくさん来ていた。ぼくの横を、ひとりの女子が行き違った。泣いていた。みんな、目に涙を浮かべていた。ぼくもなぜか、涙があふれてきた。なぜだろう。さっきまで、あんなに冷静でいれたのに。
「泣いちゃいけない、泣くな」
 自分に言い聞かせて、必死で涙を流すのをこらえた。応援団として、太鼓を叩いていたK原が見えた。やっぱり、泣いていた。ぼくは、声をかけようと近づこうと思った。涙が、もっと出てきた。だけど、流すのは必死でこらえた。今思えばその涙を流せばいいのに、その時は流してはいけないと思っていた。
 一息ついて、K原の背中を叩いた。握手。ぼくは、感謝の気持ちでいっぱいだった。次の瞬間、本当に大泣きしそうになった。鼻水が出そうになるのを必死で止めた。あごが、ふるふるとこわばってきた。あとちょっとで、本当に泣き崩れそうだった。ひとまず、人の流れのないところで、必死で気持ちを落ちつかせた。
「まぁ泣くなや。おまえはまだ来年もあるんじゃけぇ。来年、がんばれよ」
 球場の外へ出ようとした時、2年の後輩を励ましている3年の声が聞こえた。その時には、ある程度冷静になれていた。
「悔しいなぁ〜」
 サッカー部の部員だろうか、会話が聞こえてきた。たぶん1年か2年だと思う。すごく冷静な声だった。
 球場の外へ出た。泣いてる人、落ち付いて話をしている人。いろいろだった。とりあえず正面へ周った。野球部の選手が出て来ていた。控えだったO田、A月、そして主力として4番を打っていたKと握手をした。みんな目は真っ赤だったのを覚えている。ぼくの目も真っ赤だったことだろう。だけど、あまり顔は覚えていない。握手をして、ぽんぽんと背中を叩いて。10秒もなかったと思う。長く話をしていると、ぼくの方が泣きそうだった。野球部の4人の誰かに、「ありがとう」と礼をいったのだが、誰だか覚えていない。
 しばらくそのへんをうろついて、吹奏楽部として応援していた後輩のH詰を見つけた。
「来年もよろしく頼むぞ」
 そんな事を言っておいた。すぐに退散する予定だったのだが、こいつはやけに冷静で、いつもぼくがギャグ方面に話を走らすので今日もそっちへと会話を持っていこうとしていた。今考えれば、ぼくの顔を見て戸惑っていたのかもしれない。
「県工の生徒として、甲子園に行けんかったのがな…」
 後輩に感想を聞かれ、そう言ったらまた涙が出そうになった。会話にケリをつけて、なかば逃げる様に退散した。自転車を置いてある地下駐輪場の階段の所で、今日の試合を回想して、また泣きそうになった。
 自転車を、いつもよりゆっくりと、軽くこぎながら、自分のドライな部分とウェットな部分で気持ちを整理させた。
「夏を終えるのは、いろんな複雑な思いなんだろうなぁ。自分には分からない、計り知れない部分があるんだろうなぁ」
 家に帰ってまで泣きたくはないので、うちの近くの川の緑道で、なんか飲みながら気持ちを完全に整理させよう。そう思って、自販機をふっと見ると、500mlのコーラが目に付いた。
「そうだ、これを飲もう。もう何年も飲んでないけど」
 自販機からコーラを取り出しながら「ヤケ酒みたいなもんなのかなぁ」と苦笑した。コーラ自体は、コーラの味しかしなかっただろう。だけど、ぼくが飲んだときには、ものすごく、たくさんの、いろんな味がした。甘い、苦い、少し辛い。そして、炭酸の刺激が、おもわず身震いをさせた。
「やっぱりヤケ酒だな」
 よくある「ク〜っ」っていう感じ。あんな感じだった。コーラなんて、もう200mlも飲めない体になったのに、かなり無理して飲んだ。「昔はこれをガブガブ飲んでたんだよなぁ」とか思いながら。
 飲み終わったときには、いつもの自分に戻っていた。
 寝る前、布団に潜って
「みんなはもう落ちついたかなぁ…」
と、心配をして見たり。

 来年からは、県工OBとして県工を応援します。
 ありがとう、ぼくの高校野球!


 試合終了後、何日か経った時に書きました。脚色はほとんどしてませんから。一部、記憶があやふやかも。

半年以上経ったあとでの後日談

 この試合で投げてた如水のピッチャーが後藤の同僚(同期)になります。